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高麗人参の歴史

高麗人参の歴史は古く、紀元付近とされています。
高麗人参が文献に初めて登場するのは紀元前40年ごろ、中国前漢時代に著された『急就章』に「参」の文字が見え、西暦200年ごろの『傷寒論』の中には、人参配合の処方が列記されています。

中国、朝鮮半島などの東北アジアや、ロシアの沿海州などに自生していた人参は、約2,000年の昔から、「万能薬」、「生薬の長」として注目されてきました。

5世紀末の中国では、世界初の体系的な薬事書『神農本草経』が著され、その中に人参の薬効として、「五臓を養い精神を安んじ魂魄を定め動悸を止め邪気を除き目を明らかにし心を開き智を益す」と見え、最上の生薬として紹介されています。
同時期の『名医別録』には、良質の人参は高句麗より来ると記されています。

わが国の初出は『続日本紀』に、人参は特別な渡来品であり、皇族や貴族しか口にすることはできなかった旨の記述を見ることができます。

このように高麗人参は、古代より広く東北アジアにおいて珍重されてきた歴史があります。

そして高麗人参は、栽培に成功するまでは、「山参(さんじん)」と呼ばれる野生のものしかなく、それも限られた地域でしか自生しないため、現在よりもはるかに貴重なものでした。

それでも、かつては朝鮮半島の広い地域に自生していましたが、現在では、朝鮮半島でも中国大陸でも、自生の「山参」はきわめて少なくなっています。

とにかく、高麗人参の薬効は神話にもなるほどで、気味の悪いうめき声が聞こえるので地面を掘ったところ、人の形をした根っこが出てきて、「私は300年の時を経て地中に人の姿を得た」と語り、その白い血液をもって死者を生き返らせた、という伝説が中国に残っているほどです。

さきの伝説でわかるとおり、高麗人参は長い時を経て、まるで「人」を思わせるような形に生育します。
「山参」が「人参」と呼ばれるようになる理由もここにあるのですが、こののち、世界各地で”人参さがし”が行なわれるようになり、アメリカ人参(北米)、田七人参(中国)、竹節人参(日本)など、高麗人参と同じウコギ科の薬用植物が各地で発見されるに至ります。